アフリカ系移民の集合的な記憶 映画『ホース・マネー』
映画『ホース・マネー』より

アフリカ系移民の集合的な記憶 映画『ホース・マネー』

ポルトガルに暮らすアフリカからの移民の苦難の歴史と記憶を、虚実入り混じる斬新な手法で描く映画『ホース・マネー』が、6月18日よりユーロスペース(渋谷)で公開されている。映画の文法・話法にとらわれない作品で国際的に高い評価を受けている監督ペドロ・コスタは、1959年ポルトガル・リスボン生まれ。本作は「山形国際ドキュメンタリー映画祭2015」でロバート&フランシス・フラハティ賞(グランプリ)、「ロカルノ国際映画祭」最優秀監督賞を受賞した。


 ひとりの男が彷徨っている。病棟や刑務所のような場所。何かを探しているのか、または何かから逃れようとしているのか。威厳のある瞳であるが、どこか焦点が定まらず、その手は小刻みに痙攣している。男の名はヴェントゥーラ。ポルトガル、リスボンのスラム街、フォンタイーニャス地区に暮らすアフリカ系移民である。1974年に起こったポルトガルの軍事クーデター「カーネーション革命」により劇的な生活の変化を強いられ、社会の片隅に取り残された者たちのひとりである。手の震えは、長年の重労働によって蝕まれた身体と精神の現れだろうか。

 監督ペドロ・コスタの眼差しは、大きな歴史の流れの中で見過ごされてきた個人の歴史に向けられる。『ホース・マネー』では、オーラルヒストリーを映像化することで、記憶にかたちを与えた。無文字社会や文字に残すことが許されない状況下では、大切なことを口述や歌詞に意を込めた歌で伝えてきた。そこには、文書化した公的な記録からはこぼれ落ちてしまった真実がある。

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映画『ホース・マネー』より

 ヴェントゥーラもまた、自らの記憶を文章に記すことなく、言葉を頼りにして自分自身を演じている。ペドロ・コスタは、時系列に沿って筋立てたり、整合性をとることはせず、ヴェントゥーラが記憶の糸を手繰りよせるがままに映像に収めたことで、それは黒人移民の共同の記録、集合的な心性の表象となった。

 ペドロ・コスタは、「映画や芸術はもっとも苦しんでいる人々に対して何もできない」と言うが、ヴェントゥーラは映画を通して自らに向かい合うことで、生の痕跡を確かめ、過去の亡霊ではなく血の通った人間としての生を取り戻したのではないだろうか。そうした過程を含め、現在のヴェントゥーラの生の記録として、本作はドキュメンタリーである。しかし、もはやドキュメンタリーであるか否かは、問題ではないのだろう。

北澤ひろみ=文
『美術手帖』2016年7月号「INFORMATION」より)

映画『ホース・マネー』
公開:2016年6月18日よりユーロスペースほか
監督:ペドロ・コスタ
出演:ヴェントゥーラ、ヴィタリナ・ヴァレラ、ティト・フルタド、アントニオ・サントス
配給:シネマトリックス
URL:www.cinematrix.jp/HorseMoney/
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